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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)2026号 判決

名古屋市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

浅井岩根

奥村哲司

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

川村和夫

太田千絵

主文

一  被告は、原告に対し、金四一〇万二八〇九円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一億三〇八〇万〇二四一円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告との間で行った証券取引に関し、無断売買、断定的判断の提供、過当売買、適合性の原則違反、説明義務違反などがあったとして、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を請求するものである。

一  争いのない事実等

1  原告は、被告名古屋支店との間で、昭和六二年七月から平成三年七月まで、有価証券の売買委託取引を行ったが、原告の名義により、原告にその損益が帰属するものとして行われた取引は、別紙売買取引計算書記載のとおりであった(争いがない。なお、甲一四号証、乙一、二、一七号証。)。

2  右取引のうち、原告が特に問題とする個別的な取引の外形的な経過は次のとおりである。

(一) ジェネンテック株式について(争いがない。)

被告の原告担当者であったB(以下「B」という。)は、原告名義で、昭和六三年四月二六日、アメリカの薬品会社であるジェネンテックの株式二万株を約八六四〇万円で買付け、翌日に、売買手数料、税金を控除した差引損益(以下、「差引損益」とは、売買手数料、税金、信用取引における利息を控除した後の損益のことをいう。)として一四六万二六八七円の利益を上げて、これを売付けた。

さらに、Bは、原告名義で、同年五月二日、ジェネンテック株式二万一一〇〇株を約九〇六〇万円で買付け、同年一一月二八日、差引損益として四九三八万二五一六円の損失を発生させて、これを売付けた。

(二) エーザイワラントについて(争いがない。)

Bは、原告の名義で、平成元年九月八日、エーザイワラント二〇〇ワラントを四八〇〇万円弱で買付け、被告においてBの上司であったC(以下「C」という。)は、平成二年一〇月三〇日、差引損益として二六七四万五三八七円の損失を発生させて、これを売付けた。

(三) 日立ソフトウエア株式について

原告は、Cから推奨を受けて、平成二年一〇月三〇日、日立ソフトウエア株式一万株を約七〇〇〇万円で買付けたが、その後、同株式は値下りを続けた。そして、原告が被告との間で行っていた有価証券取引を止めた平成三年七月一二日に、右株式は被告から原告に返還された(争いがない。)。

右株式については、その後、無償増資されて、原告の保有株数は一万四四〇〇株となったが、平成四年六月一八日における右株式の価格に基づくと、右取引における原告の損益は、四六一三万五〇二五円の損失となる(弁論の全趣旨)。

なお、原告は、右株式について、平成五年九月三〇日までに、他の証券会社において売却処分したが、その差引損益は三一一〇万九〇二五円の損失となる(甲一四号証、弁論の全趣旨)。

二  争点及び当事者の主張

1  無断売買の有無

(一) 原告の主張

右一2(一)、(二)のジェネンテック株式及びエーザイワラントの取引については、いずれも原告の全く了解していない無断売買であり、これが原告と被告との間の有価証券取引委託契約上の債務不履行になることは明らかである。

(1) ジェネンテック株式については、当時、被告の名古屋支店営業部課長であったD(以下「D」という。)とBから、昭和六三年四月二六日に売付けた名古屋鉄道株式の売却代金によって、ジェネンテック株式を購入してはどうかという推奨があったが、原告は、外国会社の株式についてはよく判らないことを理由にこれを断り、名古屋鉄道株式の売却代金の送金を待っていたものの、右送金がないため問い合わせたところ、Bからジェネンテック株式を買ったという報告を受けたものである。原告は、右報告に驚き、Bを叱責したが、Bから右株式を返却することはできないと説明されたので、その後、原告には右取引についてなすすべがなかった。なお、原告は、被告との間の取引に不信を抱くようになって作成を依頼した平成三年七月一一日付売買取引計算書(乙一号証)を見るまで、ジェネンテック株式については昭和六三年四月二六日に買付けられ、同年一一月二八日に売却されたものと思い込んでおり、同年四月二七日の一回目の売付及び同年五月二日の二回目の買付については全く知らなかった。

(2) エーザイワラントについては、Bから、平成元年九月四日及び同月五日に売付けた日本コロンビア株式の売却代金によって、ドル建てのエーザイワラントを購入してはどうかという推奨があったが、原告は、やはり外国関連のものは嫌であるという理由で断り、日本コロンビア株式の売却代金の送金を待っていたものの、同年九月八日にBから突然エーザイワラントを買った旨の報告を受けたものである。そして、原告は、Cから一旦買った物は返却できないと説明されたので、右取引についてもなすすべがなかった。

(二) 被告の主張

(1) ジェネンテック株式については、当時、同社が新薬を開発したことが理由となって値上りしていたから、BとDが原告に対し、その旨の資料を示して説明し、その購入を推奨して、購入代金については、原告が保有していた名古屋鉄道株式の一部を売却することを提案したところ、原告は、右説明を聞いて同株式を購入することに決めたものである。そして、翌日には、一四〇万円以上の利益が出ることが明らかとなったので、Bが原告に対して売却するか否かを尋ねたところ、原告が売却することにしたものであり、さらに、右株式で短期間に利益が出たため、Bが再度右株式を購入してはどうかと推奨したところ、原告は、再び右株式を購入することにしたものである。

(2) エーザイワラントについては、平成元年九月七日、Bがその購入を推奨したものの、その際には、原告には購入する意思がなかったが、翌日、その日の午前中のエーザイワラントの取引が活況であったことから、再度、Bが原告に推奨したところ、当時、日本コロンビア株式の売却代金が被告の預り金となっていたので、原告は、これで購入できる二〇〇ワラントを購入することにしたものである。

(3) 以上のとおり、右(一)2(一)、(二)のジェネンテック株式及びエーザイワラントの取引は、いずれも原告の意思に基づいてなされたものであって、無断売買などの事実は一切ない。原告は、右各取引についての月次報告書について、その内容を確認した旨の回答書を被告に提出しているし、平成三年七月に至るまで、右各取引が無断売買であったとする苦情を一切申し出ていないから、右各取引が原告の意思に基づくものであったことは明らかである。

なお、原告は、例えば、昭和六二年八月二八日に三井油化のユーロドル建てワラントを代金約四五〇〇万円で、同年一〇月五日にはキャノンのユーロドル建て転換社債を代金約二五〇〇万円で、昭和六三年五月一〇日に日本金属のユーロドル建てワラントを代金約一六〇〇万円で、同年七月一三日には外国会社であるアイ・ビー・エムの株式を代金約三〇〇〇万円で、それぞれ購入するなど、従前から外国証券の取引もしていたものである。

2  断定的判断の提供の有無

(一) 原告の主張

証券会社の担当者が、有価証券の価格等が騰貴又は下落することの断定的判断を提供して、顧客を勧誘する行為は許されないところ、右一2(三)の日立ソフトウエア株式について、Cは、平成二年一〇月二八日ころ、右エーザイワラントが損失を発生させたままで値上りの見込みがないとして、当時一株約七〇〇〇円と見込まれた日立ソフトウエア株式が新規上場株式であるため、必ず一株一万円にまで値上りするから、エーザイワラントを処分して日立ソフトウエア株式を購入することでエーザイワラントによる損失を取り戻すように提案した。原告が右値上りに間違いがないか確認したところ、Cは絶対に間違いがないと断定した。

Cの右推奨は、断定的判断を提供して行うものであることが明かであるところ、日立ソフトウエア株式は、原告が購入した同月三〇日以降下落を続け、原告はこれによって損害を被った。

(二) 被告の主張

Cは、原告から、エーザイワラントが損失を生じているので値上りの見込のある銘柄に買換えたいとして、かねて値上り見込のある銘柄の推奨を求められていたところ、日立ソフトウエア株式が、平成二年一〇月三〇日に新規上場されることになり、従前、新規上場株式は、一般に上場後値上りする例が多かったので、Cは原告に対し右株式を推奨した。その際、Cは、原告が被告の推奨した取引の結果が思わしくない場合によく不満を述べる顧客であったことから、株式の取引である以上、絶対に値上りするものではない旨、わざわざ念を押している。そして、Cは、エーザイワラントの売却代金を日立ソフトウエア株式の購入代金に当てるように提案したのに、原告は、エーザイワラントの損失分を取り戻そうとし、追加資金を新たに投入して一万株を購入したものである。

右のとおりであるから、Cは、日立ソフトウエア株式の購入を推奨する際に、断定的判断を提供したものではない。

3  合理的根拠のない勧誘の有無

(一) 原告の主張

証券会社の担当者による証券取引の勧誘・助言は、独自の合理的な調査に基づく合理的な根拠を有するものでなければならないというべきであるところ、右一2(三)の日立ソフトウエア株式の取引について、Cは、日立ソフトウエアの業績を記載した新聞記事と被告の作成していた直近の新規上場株式の値動きの統計のみで右株式の推奨をしており、右資料に対する批判的な検討も加えていない。

したがって、これが合理的な根拠のない勧誘であることは明らかである。

(二) 被告の主張

証券会社と顧客との間の取引委託契約上における証券会社の義務は、証券取引の執行であって、証券会社による投資勧誘はこれに関連して行われるサービス業務に過ぎないから、通常は債務不履行責任を生ずることはなく、投資勧誘の方法、対応が投資者の投資目的・財産状態・投資経験等に照らして著しく不適合であり、その結果投資者に損害を及ぼしたという場合に限って、証券会社は善管注意義務違反の責任を負うものというべきであって、このことは不法行為の成否についても妥当するものというべきである。

原告の主張は、証券会社の担当者の推奨が、あたかも顧客と投資顧問契約を締結した者と同様の、極めて専門的で特殊な情報に基づくものでなければならないとするものであって、証券会社の担当者にはそのような義務はないというべきである。

したがって、Cのした推奨には、右に照らして、何ら違法な内容はないというべきである。

4  過当売買の有無

(一) 原告の主張

被告会社の担当者が、顧客の能力、その投資資金の性格・金額等に照らして過当な取引の勧誘をすることは許されないところである。そして、過当売買に該当するか否かについて、米国法上の要件に基づいて検討すると、その要件は、①行われた取引が金額・回数において当該口座の性格に照らして過当と認められること(取引の過当性)、②証券業者が顧客の口座に対して支配を及ぼしていること(口座支配)、③証券業者が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意ないし故意)とされているところ、原告の被告との間の取引については、右各要件を満たすものである。

(1) 取引の過当性

原告の年間購入総額をその月平均投資額で除すると、原告の投下資本が一年間の取引において回転している率(回転率)が明らかとなるが、これを原告の口座残高に基づいて試算すると、原告の被告との間の四年間の取引における購入総額は六七億一六五九万〇七〇一円(年平均一六億七九一四万七六七五円)であり、原告の月平均投資額に信用取引における保証金のみを加算してその貸付部分を含めない場合の右平均投資額は二億二五八九万六三八六円であって、これによるとその回転率は年七・四三回となり、原告の月平均投資額に信用取引における貸付部分を含めた場合の右平均投資額は二億九一一七万七三四八円であって、これによるとその回転率は年五・七六回となる。そして、米国の批判によれば、右回転率が概ね六回を超えると、取引が過当であると判断されている。

原告の証券の保有期間は、原告取引においては、全取引の内の三分の一の取引において二週間以内、二分の一の取引において一か月以内となっており、信用取引においては、四割の取引において一週間以内、二分の一の取引において三週間以内となっていて、全体としても、四分の一の取引において一週間以内、二分の一以上の取引において一か月以内となっていて、極めて保有期間が短く、また、短期間に同一の証券の売買を繰返し、しかも、売却代金より再買付代金の方が高額である取引(コロガシ)が、全取引の二七パーセントにも及んでいる。このように、原告の被告における取引は極めて頻繁なものであった。

さらに、原告が被告との間の全取引において支払った手数料等の金額は七七二八万六一〇二円に及び、これに信用取引における支払利息額二四九三万六六一九円を加算すると一億〇二二二万二七二一円になって、原告の月平均投資額(前述の信用取引における保証金のみを加算してその貸付部分を含めない場合の額二億二五八九万六三八六円)の半額に近い手数料等を原告は支払っていることとなる。また、原告の被告における取引においては、相場変動では利益となりながら右手数料等や税金を控除された後の差引損益が損失となっている取引(フヌケ取引)や、差引損益における利益以上に手数料等が発生している取引(証券業者の自己利益優先取引)が、全取引の一七パーセントに及んでおり、そもそも、原告の被告における取引全体が、相場では若干の利益となりながら差引損益において一億三〇〇〇万円余の損失となっているものであり、全体としてフヌケ取引となっている。

(2) 口座支配

原告は、学歴も投資経験もなく、被告の担当者から勧められるままに取引を重ねていたものであり、被告の担当者から購入する証券の会社名を聞いていただけであって、それが株式であるかワラントであるかという証券の種類さえ被告の担当者が決定していた。そして、前記のとおり、被告は無断売買も行っていたものであり、被告が原告の口座を事実上支配していたのは明らかである。

(3) 悪意ないし故意

被告においては、従業員に対して手数料獲得のノルマを課しているものであって、原告と被告との間の取引における右(1)のとおりの著しく高い口座の回転率、著しく頻繁な取引、極めて多額な手数料額等に照らすと、被告は、原告の利益を意図的に又は無謀に無視して、被告の利益を図ったものというべきである。

(二) 被告の主張

原告は、すべて自らの意思によって各取引を行っていたものであり、被告の担当者のした推奨を受け入れないことも多く、自ら納得しない取引はしていない。原告は、取引額も取引の頻度も自らの意向に基づいて決定しており、特に信用取引においては、利益が発生すれば出来るだけ短期間で決済して利益を確保する意向であった。要するに、被告の意向が原告の意向に優先するようなことはなく、原告の取引の主導権を被告が握っていたこともないのであって、被告が原告の口座を支配したことはない。

したがって、原告がその意思と責任において投資判断をしている以上、仮に取引が頻繁であっても被告に責任を生じる余地はなく、口座の回転率や取引の頻繁性、手数料額等についての原告の主張は、独自の見解というべきである。なお、手数料については、被告は、証券取引所の受託契約準則の規定に従った所定の手数料を受取っていたものであって、何ら不当なものではない。

5  適合性の原則違反の有無

(一) 原告の主張

(1) 証券会社の担当者が、顧客に対して投資勧誘を行うに際しては、顧客の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべき義務があるというべきである(適合性の原則)。

(2) 原告は、大正七年に韓国で生まれ、現在も韓国籍を有するものであるが、七歳ころに来日して以来、酒造店、八百屋、魚屋などでの丁稚奉公をし、その後、飲食店や麻雀店を経営したが、現在は、ビルの一室を賃貸して月額約七〇万円の収入を得ているものであって、学歴はなく、文字を読むことは出来ても書くことは出来ない。

原告は、被告との取引が初めての証券取引であり、この取引を開始したときには既に七〇歳であって、友人の勧めもあり、右の麻雀店を売却した資金により、一〇〇〇万円程度の資金で小遣い稼ぎをしようとして、信用のある証券会社であると考えていた被告を信頼して取引を開始したものである。

原告は、現在に至るまで証券取引の知識に乏しく、取引銘柄の価格の上下に関心を寄せていた程度であって、被告の担当者を証券取引の専門家として信頼し、その推奨するままに取引を繰返していた。なお、原告は、その娘らに、本件取引に関する書類を読ませたり、これに署名押印させたり、その整理を行わせたりしていたが、右の娘らにも証券取引の知識・経験はなく、娘らに手伝わせていたことをもってしても、原告の証券取引に対する理解に異なるところはなかった。

(3) 右のとおりの原告の学歴・職歴、証券取引に対する知識・経験、投資に対する意向や財産状況に照らして、本件取引は、ワラント取引・信用取引・外国証券取引などの内容においても、その量においても、極めて不相当で過大であって、適合性の原則に反するものというべきである。

(二) 被告の主張

原告は、取引の当初から七〇〇〇万円以上の投資をし、翌日には、当時の被告の担当者であったE(以下「E」という。)とは無関係に被告の貯蓄相談部において約五二〇〇万円の投資をしており、原告が証券取引において売買益を上げようという投資目的を持っていたことは明らかである。

また、原告は、被告の担当者に対して投資に関する意見を求めることが多く、そのようなときには、原告の娘を同席させて慎重に理解し判断していた。そして、原告は、右のとおりEとは無関係に貯蓄相談部においても取引をしていたのであって、Eの情報のみに頼るのではなく、自ら情報を収集しようとしていたというべきである。

さらに、原告は、取引銘柄の値動きに常に注意を払っていたのであって、例えば、平成元年三月ころ、当時原告が保有していた三井油化の株式について、Bが値下りの可能性を指摘して利益のあるうちに売却することを助言したのに応じてこれを売却したところ、その後、同株式が急騰してより多額の利益を上げ損なった際に、Bの上司のCに対してBを担当から外すように要求するなどしており、このような原告が本件取引に対する適合性を欠くものとはいえないところである。

6  説明義務違反の有無

(一) 原告の主張

(1) ワラントは新株引受権ないし新株引受権証券のことであるが、ワラントには権利行使期限があり、その発行会社の株価の動向によっては、ワラントに基づく権利行使をする利益がないまま右期間を経過し、当該ワラントが完全に無価値なものとなるほか、ワラントは、株価の変動率と比較してその何倍もの価格変動が生じるハイリスク・ハイリターンというべき特質を有する証券であって、また、証券会社が顧客との間で自ら売主又は買主となる店頭での相対取引という取引形態をとるものであり、その価格は証券取引所の市場で形成されるものではなく、業者間取引の気配値にとどまるものである。

ワラントは、このように商品構造が複雑で危険性が高く、しかも周知性がない金融商品であるから、本来、専門知識に裏付けられた機関投資家が投資資産の構成要素の一部として取引を行うにとどめるべきものであるが、証券業者の担当者が顧客に対してワラント取引を勧誘する際には、証券業者は、ワラントに関する次の内容を顧客に十分に理解させるように説明する義務があるというべきである。

ア 株価が権利行使価格を上回らないまま権利行使期間が経過するとワラントが無価値なものになることや、ハイリスク・ハイリターンというべきワラントの特質

イ ワラントが新株引受権証券であること、ワラントの権利行使期間、権利行使価格、一ワラントの権利行使価格による取得株式数、権利行使する場合に必要な株式取得代金の額

ウ ワラントの権利行使価格と株価との関係、ワラント価格とその意味(ポイント、パリティ、プレミアム)、ワラント価格の変動要因、ワラント価格情報の入手方法、ワラントの権利行使により利益を出すための株価の条件

エ 顧客に対して推奨している具体的なワラントについて、右イ、ウの事項の具体的な内容

オ ワラントの取引は、証券会社自身が売買の相手方であり、購入した場合にそれを売却する先も事実上当該証券会社に限定されること、それ故証券会社が買取りに応じない場合には事実上処分が不可能になること、価格は取引所の市場で形成されるものではなく業者間の気配値によって形成されるものであること

(2) しかし、被告の担当者であるEやBはワラントについて右のような説明をしておらず、仮に一定の説明がなされていたとしても、原告は現在に至ってもワラントの商品特質について理解していないのであって、原告の理解し得る説明がなされていないことは明らかである。

(二) 被告の主張

ワラントは、その権利行使に期限があり、その発行会社の株価の動向によっては、ワラントに基づく権利行使をする利益がないまま右期間を経過し、当該ワラントが完全に無価値なものとなるほか、株価の変動率と比較してその何倍もの価格変動が生じるハイリスク・ハイリターンというべき特質を有するものであるが、ワラント取引を勧誘する証券会社としては、右のようなワラントの基本的な危険性を購入者が理解するに足りる説明をすれば足り、それ以上に詳しく専門的な事項についてまで説明する必要はないというべきである。なお、ワラントの取引形態は証券会社と顧客との相対取引ではあるが、これは店頭登録株式や公社債と同様の取引形態であって何ら不公正ではなく、証券業界においては、顧客からワラントの買取を求められた証券会社は、常にこれを時価で買取るべきものとされているから、右取引形態が顧客に不利益を及ぼすものではない。

被告の担当者であったEは、原告にワラント取引を初めて推奨した際、ワラントが新株引受権証券であり、権利行使期限を経過すると価値がなくなるハイリスクな商品であるが、株価変動に比較して大きな価格変動をするものであることを説明したにとどまらず、そのときに具体的に推奨した三井油化ワラントについて、その株価を基にワラントの理論価格の説明をするなどした。また、原告は、右の際にもその娘を同席させて、Eの説明を理解する手助けとしていた。

そして、原告は、被告との間の取引の開始当初から約二億三六〇〇万円もの多額の資金を運用しており、投資額に比較しての損益の変動幅がワラントに比しても決して小さくない信用取引をしていた期間も長く、その投資目的も投機的に大きな売買益を求めようとするものであったから、被告が原告にワラント取引を勧誘することには何ら違法性はない。また、原告は、株式にせよワラントにせよ、その銘柄の価格変動の見込、推奨理由について熱心に説明を聞き、その上で取引の判断をしており、証券購入後も、その銘柄の価格変動について常に注意を払っていたものであって、仮にワラントについての詳細な専門的事項について原告が理解していなかったとしても、ワラント取引における利益と損失を十分に理解して取引をしていたものというべきである。さらに、原告は、Eからワラントについての説明を受け、これを購入した直後に、右説明とワラントを購入した自己の判断に問題がなかったから、ワラント取引に関する確認書を被告に提出しているものである。

したがって、被告には説明義務に反するところはない。

7  本件取引の違法性及び被告の責任(原告の主張)

(一) 右1の無断売買が、原告と被告との間の有価証券取引委託契約上の義務に違反する違法なもので、被告の債務不履行となることは明らかである。

(二) 右2ないし6については、有価証券取引委託契約上、証券会社は委託者である顧客に対し、善良なる管理者の注意義務をもって事務を処理すべき義務を負うが、証券取引法を初めとして、証券取引に関する省令、通達、日本証券業協会の公正慣習規則等の諸規則等は、全体として、証券取引における法的秩序、公の秩序を構成するものであるから、その定める内容は右善管注意義務の内容となるものである。

また、右の諸法令、諸規則等に反する行為は、社会的相当性を欠如するものとして不法行為になるというべきである。

そして、①証券取引法五〇条一項一号は、有価証券の価格等が騰貴又は下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止しており、日本証券業協会の公正慣習規則第八号「証券従業員に関する規則」にも同様の規定がある。②大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)は、投資者の能力、資金の性格等を無視した過当な勧誘を禁じており、右公正慣習規則第八号にも同様の規定がある。③本件取引のなされた昭和六三年当時の証券取引法五八条二号、一二五条二項三号、五〇条五号、証券会社の健全性の準側等に関する省令一条一号等は、虚偽の表示や重要な事項について誤解を生ぜしめるべき表示をすること、誤解を生じさせないために必要な事実の表示が欠けている文書等を使用することを禁止している。

以上のような諸法令、諸規則に照らせば、被告には右2ないし6において原告が主張した義務があるというべきであり、右2ないし6の被告の担当者の行為は右義務違反となるから、被告は債務不履行責任ないし使用者としての不法行為責任を負うというべきである。

8  損害(原告の主張)

(一) 個別取引に基づく損害賠償請求

原告の被った損害は、前記1のジェネンテック株式及びエーザイワラントの無断売買による差引損益における損失(ジェネンテック株式四七九一万九八二九円、エーザイワラント二六七四万五三八七円)並びに前記2ないし3の断定的判断の提供ないしは合理的根拠のない勧誘により買付けた日立ソフトウエア株式の買付代金と平成四年六月一八日現在の同株式の価格との差額四六一三万五〇二五円の合計一億二〇八〇万〇二四一円である。

(二) 本件全取引に基づく損害賠償請求

右4ないし6の過当売買、適合性原則違反、説明義務違反に基づいて原告が被った損害は、右一連の取引全体に及ぶものであり、本件全取引についての原告の差引損益は、一億三〇九七万三七二五円の損失であるから、これが原告の損害となる。

(三) 弁護士費用

右(一)、(二)のいずれの場合も、被告の債務不履行ないし不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害としては一〇〇〇万円が相当である。

(四) なお、原告は、右(二)の場合は、その損害の一部請求として前記請求額の支払を求めるものであり、これと訴状送達の日の翌日である平成四年七月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三争点に対する判断

一  本件取引の経過について

甲一四、一七号証、乙一、二、四ないし六号証、乙八号証の一ないし一八、乙一〇号証の一ないし二五、乙一二ないし一七号証、証人B、同C、同E、原告本人と弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、大正七年に韓国で生まれ、現在も韓国籍を有するものであるが、七歳ころに両親と共に来日し、一〇歳ころから酒造店で丁稚奉公を始め、それ以来、八百屋、魚屋などで働き、二〇歳ころからは行商をして生計を立て、戦後になってから、名古屋市内で飲食店や麻雀店を経営していた。そして、現在は、ビルの一室を賃貸して月額約七〇万円の収入を得ているものであるが、右のとおり、原告には学歴はなく、文字を読むことは出来ても書くことは出来ない状況にある。

原告は、昭和六二年ころ、証券取引をしていた知人から被告名古屋支店のEを紹介され、右知人と同様に証券取引において売買益を上げようとして、右麻雀店を売却した資金をもって、被告において証券取引を開始した。その際、原告は、Eに対し、右の知人と同様に比較的短期に売買益を上げていきたいという意向を示していた。

なお、原告が被告と取引を開始した当時、原告は既に七〇歳になっていた。また、原告は、昭和六二年当時、名古屋市〈以下省略〉に自宅を持ち、現住所地にある自宅兼用の中華料理レストランのほか三重県内に山荘を所有するなど、一定の不動産を所有していた。

2  原告は、別紙売買取引計算書記載のとおり、被告との取引を開始した昭和六二年七月二日に、Eの推奨した電気化学工業の株式一〇万株を約七〇〇〇万円で買付け、翌三日には、これを約七五〇〇万円で売付けて、差引損益で約四七〇万円の利益を上げた。そして、同日、Eの推奨したセントラル硝子の株式一〇万株を七四〇〇万円余で買付けて、翌四日にはこれを売付けることとして再び電気化学工業の株式九万九〇〇〇株を買付けたが、Eの手違いのためセントラル硝子の株式が売却できていなかったため、原告は、Eと相談の上、電気化学工業株式の再度の買付代金七七三三万八七六九円を新たに出捐することにして、これを被告に送金した。

原告は、このようにしてEを担当者とする取引を開始したが、他方で、同月三日に、Eを担当者とする取引とは無関係に、被告の貯蓄相談部において、丸紅の現物株式一〇万株を約五二〇〇万円で買付けており、原告の右貯蓄相談部における取引は、昭和六三年三月ころにEを担当者とする取引と一本化するまで続いたが、原告は、右貯蓄相談部においても一億円を超える資金を運用していた。

3  原告は、例えば、日新製鋼株式について、別紙売買取引計算書記載のとおり、昭和六三年二月一〇日に現物四万株を二五〇〇万円弱で買付け同月一二日に差引損益で約三五万円の利益を上げてこれを売却し、同月一八日に信用取引で七万株を買付け翌一九日に差引損益で約六七万円の利益を上げてこれを売却し、同月二三日及び同月二七日に信用取引で各四万株を買付け同年三月一日に差引損益で約一三六万円の利益を上げてこれを売却し、さらに同月八日に現物一〇万株を七六〇〇万円余で買付け同月一一日に差引損益で三九〇万円弱の利益を上げてこれを売却しているなど、原告の被告における取引には、同一銘柄の証券を短期間に繰返し売買している例が相当にあるほか、一般に証券の保有期間が一か月以内という短期間の取引が相当にある。なお、このような取引の中には、相場変動では利益となりながら差引損益では損失となっている例も少なくはない。

また、原告は、Eを担当者とする取引とは無関係に行っていた被告の貯蓄相談部における取引においても、例えば、昭和六二年八月二五日にソニーの転換社債(CB)を二三〇〇万円余で買付け翌二六日に差引損益で四七万円余の利益を上げて売却し、同月二八日には三井造船の現物株式一〇万株を二七〇〇万円弱で買付け同日のうちに差引損益で約六〇万円の利益を上げて売却するなど、短期間のうちに売買して利益を上げていた。なお、原告は、右貯蓄相談部において、バスフ、クラフト、キーエンスなどの外国株式を買付けている。

4  原告は、被告の担当者であるEやBらの推奨に基づいて取引することが多かったが、その場合にも当該証券の値動きの見込について説明を求め、その上で投資するか否かを判断しており、EやBらの推奨に従うことなく取引を見送ることも少なくなかった。また、EやBらの推奨とは関係なく、自らの判断で銘柄を選定して取引することも多かった。

但し、原告は、自ら文字を書くことができなかったので、被告との取引において必要とされた書類については、原告の娘らにその内容を読ませたり、署名押印を代行させたりなどしていたほか、EやBらが銘柄を推奨する際の説明を娘らと共に聞き、娘らの助言も得て投資判断をしていた。

なお、原告は、被告に委託して行った取引について被告から送付されてくる月次報告書の内容を確認した旨の回答書や預り金等の残高を確認する承認書について、右のように娘らに代読させたりして内容を了解し、やはり娘らに代筆させて、これを被告に提出していた。

また、原告は、昭和六三年四月に四六〇〇万円余りで購入していた三井油化の現物株式について、平成元年三月二八日に、Bが、相当長期に保有していた右株式について利益が出てきており、再び株価が下落する可能性もあるとして、右株式の売却を推奨したのに従ってこれを売却したことに関し、右売却後、右株式が急騰してより多額の利益を上げ損なったため、上司であるCに対し、Bを原告の担当から外すように要求するなど、常に株価の動向に注意を払って、自己の行う取引の損益について高い関心を寄せていた。

さらに、原告は、右3のとおり被告の貯蓄相談部においても外国株式を買付けていたが、Eらを担当者とする取引においても、ユーロドル建てのワラントや外国会社であるアイ・ビー・エムの株式を購入するなど、外国証券の取引もしていた。

5  原告は、昭和六二年八月二八日に、Eの推奨に基づいて、初めてワラントを購入したが、この三井油化ワラントの買付の際に、Eは、ワラントが新株引受権証券であること、権利行使価格が決められていて期限に株価が右価格を下回る場合には無価値となること、ワラント取引にはこのような危険性はあるが、株価の変動に比して二倍三倍で儲かるハイリスク・ハイリターンの商品であること、ドル建ての取引となるので為替変動が関係することを説明し、三井油化ワラントを例に、株価の変動に対応してワラントの理論価格がどのように変動するかを説明した。しかし、Eは、ワラントが新株引受権証券であることについては、単に権利の売買であるという程度の説明をするに止まり、それ以上に詳しい説明はしておらず、したがってまた、権利行使の方法等、権利行使に関する説明は一切していない。なお、Eは、右のような説明を繰返して行ったが、その間、同席していた原告の娘が、原告に対して、Eの説明内容を噛み砕いて伝えていた。

原告は、右の三井油化ワラントのうち半数を同年一〇月五日に売却したが、その後の同月八日付で、ワラント取引に関する説明書を確認し、原告の判断と責任においてワラント取引を行う旨のワラント取引に関する確認書を作成して被告に送付した。

原告は、その後、被告の担当者がBに変ってからもワラント取引を行っているが、Bは、原告が既にワラント取引を行っているという理由で、ワラントについては株価の変動よりも価格の変動幅が大きい旨の説明をした程度であった。但し、原告に対して個別的なワラントの銘柄を推奨する際には、Bは、株価が上昇した際にワラントであれば株価より大きな利益を上げることができる旨の説明をしていた。

なお、原告は、ワラントを買付けた後も、専らその銘柄の株価の変動に関心を寄せており、株価とワラント価格との関係や権利行使価格との関係などには関心を寄せていなかった。

6  BとDは、原告に対し、昭和六三年四月二五日、アメリカの薬品会社であるジェネンテックの株式が、同社が新薬を開発したことが理由となって、値上りしていたので、その旨の資料を示して説明し、その購入を推奨した。そして、BとDは、右株式の購入代金については、原告が当時保有していた名古屋鉄道株式九万株の一部七万株を売却してこれに当て、残りについては信用取引における保証金に余裕があったので、それを当てることを提案したところ、原告は、右説明を聞いて、ジェネンテック株式二万株を購入することにした。そして、翌六日には、原告の保有していた日本硝子ワラントがある程度の利益を上げる相場状況になったので、これを売却することとし、その売却代金約三二〇〇万円をジェネンテック株式の購入代金に当てて信用保証金は使わないことにして、これと名古屋鉄道株式七万株の売却代金約六九〇〇万円で、ジェネンテック株式二万株を約八六四〇万円で買付けた。そして、翌日に、ジェネンテック株式の右取引で一四〇万円以上の利益が出ることが明らかとなったので、Bは原告に対してこれを売却するか否かを尋ねたところ、原告は売却することにし、差引損益として一四六万二六八七円の利益を上げて、これを売付けた。

さらに、Bは、原告に対し、同年五月二日、ジェネンテック株式の右取引で短期間に利益が出たことと右の買付時より右株価が下がっていることを理由に、再度、右株式を購入してはどうかと推奨したところ、原告は、再び右株式を購入することにし、二万一一〇〇株を約九〇六〇万円で買付けた。しかし、今度は、右株価が下落し含み損を抱えることになったので、原告は、大変憤慨したが、同年一一月の末ころ、Bから、他の取引で相当の利益を出しているので、税務対策上、ジェネンテック株式の含み損を現実化して右利益と通算した方が有利であると勧められ、同月二八日、差引損益として四九三八万二五一六円の損失を発生させて、これを売付けた。

なお、原告は、右ジェネンテック株式の取引について記載されている月次報告書に対しても、その取引内容に相違がない旨の回答書を提出している。

7  Bは、原告に対し、平成元年九月七日、被告の内部資料でエーザイワラントの評価がよいという理由でその購入を推奨したが、その際は、原告には購入する意思がなかった。しかし、翌日、その日の午前中のエーザイ株式の取引が活況で急騰し、そのワラントの価格も上がっていたことから、再度、Bが原告に対して、エーザイワラントを前日に購入していた場合の利益額などを示し、なお値上り見込があるとしてエーザイワラントの買付を推奨したところ、原告は、当時、日本コロンビア株式の売却代金約七七〇〇万円が被告の預り金となっていたので、その一部を購入代金に当てることにして二〇〇ワラントを四八〇〇万円弱で購入することにした。

エーザイワラントは、その後、価格が下落し、右買付の二、三日後にBが原告に値動きの報告をした際に、原告はやはり大いに憤慨したが、この取引についてBが原告に無断で買付けたものであるとする非難はなかった。

また、原告は、右エーザイワラントが被告の預証券になっている旨の記載がある承認書を作成して被告に提出しており、その際にもエーザイワラント価格の下落に対しては不満を述べていたものの、これがBによる無断買付けであるとして非難することはなかった。

8  右のとおり、エーザイワラントの価格は損失を生ずる状態で推移していたので、原告は、Bに替って原告を直接担当するようになったCに対し、平成二年四月ころからエーザイワラントの処分について相談し、これを売却して新たに購入すべき証券の推奨を依頼していた。これに対し、Cは、しばらく適当な銘柄がないか検討していたが、同年一〇月三〇日に日立ソフトウエアの株式が新規に上場されることになり、日立ソフトウエアの業績を記載した新聞記事や直近の新規上場株式の価格変動を調査した被告の内部資料に基づいて、新規上場株式が値上りする例が多かったことから、原告に対し、日立ソフトウエア株式について、新規上場の際の株価が六〇〇〇円ないし七〇〇〇円であり、一万円程度にまでは上昇する可能性があって、エーザイワラントの損失を挽回できる可能性もあると説明し、右株式の買付を推奨した。その際、Cは、エーザイワラントの売却代金で購入できる三〇〇〇株の購入を勧め、さらに、原告がエーザイワラントの損失を挽回しようとしているため過大な期待を持たれても困ると考えて、株式である以上、元本が保証される訳でもないし、絶対に値上りする訳でもない旨を言い添えたが、原告は、Cの右説明を聞き、日立ソフトウエア株式一万株を購入することにした。

原告は、同年一〇月三〇日に、エーザイワラントを差引損益として二六七四万五三八七円の損失を発生させて二〇〇〇万円余で売付け、これに新たに投入した資金を合わせ、日立ソフトウエア株式一万株を一株七〇〇〇円、合計七〇〇〇万円余で購入した。

9  原告は、平成三年六月ころ、被告を初めとする証券業界の損失補填などが不祥事として報道されるようになって、被告に対する不信感を抱き、Cやその上司に対し、原告にも損失補填をするように要求した。そして、Cらが損失補填はできない旨の回答をすると、原告は、ジェネンテック株式とエーザイワラントの取引は無断売買であるから損害を賠償するようにと要求し始め、さらに日立ソフトウエアの取引をも問題とするようになった。

そして、原告とCらとの間で幾度か交渉がなされた後、平成三年七月一二日に、原告と被告との間の有価証券売買委託取引は終了した。

二  争点1(無断売買の有無)について

1  甲一七、二八号証(いずれも原告の陳述書)、原告本人の供述(以下、右各証拠を「原告本人の供述等」という。)の中には、原告がEを担当者として被告との取引を始めた昭和六二年七月二日の電気化学工業の株式の取引については、翌日にEから右株式が売却されて六〇〇万円位の利益が出たという報告を受けたが、その翌日には売却できたというのは誤りであったという連絡があり、さらに二週間程後に一旦売却できたが再度購入してはどうかという推奨がEからあったもので、同年七月三日に一度売却され、翌四日に再購入されていたことや、その間にセントラル硝子の株式を購入していたことは、平成三年七月になるまで全く知らなかったとする部分、ジェネンテック株式の取引については、当時保有していた名古屋鉄道株式九万株を全部売却した資金があったため、D及びBからジェネンテック株式の買付を勧められたが、外国証券は判らないという理由で断ったところ、Dらは買って貰わなくては困ると憤慨しており、その後、名古屋鉄道株式の売却代金の送金を待っていたものの、右送金がなかったため問い合わせたところ、Bからジェネンテック株式を買付けたという報告を受けたものであり、その間に二度の買付が行われていたことも知らなかったとする部分、エーザイワラントの取引については、日本コロンビア株式の売却代金で購入することをBから推奨されたが、ドル建てなどの為替相場が関係するものは価格などがよく判らないし、日本コロンビア株式の売却代金は銀行からの借入金の返済に当てる予定であったので断ったところ、Bは、上司からの指示もあるからエーザイワラントの買付はしないと一旦連絡してきたのに、その翌日ころ、Bから突然エーザイワラントを購入したという報告があったとする部分、原告は、ジェネンテック株式の際にもエーザイワラントの際にもBを叱責したが、一旦買付けた証券は返還することができないと説明されて、なすすべがなかったとする部分など、原告の主張に沿い、右一における認定に反する部分がある。

2  しかしながら、既に認定したとおり、電気化学工業株式の取引については、二回目の買付代金に当てる予定で売却する筈だったセントラル硝子の株式がEの手違いで売却できず、原告が電気化学工業株式の二回目の買付代金を新たに出捐して被告に送金しているのであり、これは客観的に明らかな事実であるといわざるを得ないから(甲一一号証、乙一二号証)、これに反する原告本人の供述等の右部分は到底採用することができない。次に、ジェネンテック株式の取引については、その買付代金に当てるために売却された名古屋鉄道株式が、当時保有していた九万株のうちの七万株だけであったことは既に認定したとおりであり、この取引経過については争いがなく(甲一四号証)、そうすると、名古屋鉄道株式の売却は、ジェネンテック株式の購入資金の手当として行われたものというほかなく、また、原告がEらとは無関係に被告の貯蓄相談部においても外国証券の買付を行っていることも既に認定したとおりであって、原告が外国証券であるからという理由で、その取引を断ったとすることにも相当の疑問があるところであるから、この点に関する原告本人の供述等の右部分も採用できないといわざるを得ない。また、エーザイワラントの取引については、原告本人の供述等の右部分自体が、Bが上司の指示があるという理由でわざわざ買付をしないと連絡してきたとしたり、そのような連絡があったのに翌日ころに突然エーザイワラントを買付けたという報告があったとしたりするもので、極めて不自然であるといわなければならず、前記認定に照らし、やはり採用できないというべきである。さらに、原告は、右一4において認定した三井油化株式の取引において窺われるように、被告の担当者の推奨した取引の結果が思わしくない場合に強い不満を持ち、苦情を述べる顧客であったというべきであるところ、被告において既に相当の取引を重ね、右の平成元年三月の三井油化株式の取引で儲け損なったことを理由にBを担当から外すことを要求したりしていたのに(原告が、三井油化株式の取引で儲け損なったことが不当な取引であって、その損失が補填されるべきであると考えていることは原告本人の供述するところである。)、その後になされたエーザイワラントの取引が無断売買であったにも拘らず原告にはなすすべがなかったとすることも、極めて不自然であるといわなければならない。

以上のとおりであって、原告本人の供述等の右1の各部分はいずれも採用することができず、他に、原告主張の無断売買があったことを認めるに足りる証拠はない。

3  かえって、右一認定のとおり、原告は、ジェネンテック株式についてもエーザイワラントについても、自らの意思と判断で取引をしたものというべきであり、無断売買を理由とする原告の請求には理由がないといわざるを得ない。

三  争点2(断定的判断の提供の有無)について

1  原告本人の供述等の中には、Cが、日立ソフトウエアの株式は必ず一株一万円にまで値上りするから、これを一万株購入すればエーザイワラントによる損失を挽回することができると述べ、原告が右値上りに間違いがないか確認したのに対し、絶対に間違いないと断定したとする部分、原告は、Cが右のように自信を持って推奨したから、日立ソフトウエア株式は絶対に値上りすると考えて、これを買付けたとする部分がある。

2  しかしながら、別紙売買取引計算書記載のとおりの本件取引の経過に照らしても、原告は、日立ソフトウエア株式の右取引をするまでに証券取引において既に相当多額の損失を被る取引をしており、既に認定したとおり、Bの推奨した取引で儲け損なったことからBを担当者から外すように要求したりしているものであるから、原告は、株価が下落することがあることは十分に承知しており、また、被告の担当者の推奨が必ずしも利益を上げる結果に結びつかないことも身に染みている筈であるというべきであって、Cの右推奨を信じて絶対に値上りすると考えたとするのは極めて不自然であり、さらに、原告本人の供述等は、右二においても説示したとおり、客観的事実に反し、不自然な部分が多々あるものであるから、原告本人の供述等の右1の部分も採用できない。

なお、証人Cの証言によれば、Cは、原告に対して日立ソフトウエア株式を推奨する際、わざわざ、株式であるから元本の保証もないし、絶対に値上りする訳でもない旨を言い添えたことが認められるところ、被告において長く証券取引をしてきた原告に対して、右のような発言をするのは不自然であるといい得る余地もあるが、既に認定し説示したとおり、原告は、被告の担当者の推奨した取引の結果が思わしくない場合に強い不満を持ち、苦情を述べる顧客であったから、エーザイワラントによる二六〇〇万円余の多額の損失を取り戻そうとしていた原告に対し、過大な期待を持たれても困ると考えて右のような発言をしたとするCの右証言は首肯するに足りるものというべきであって、右証言に照らしても原告本人の供述等の右1の部分は採用できないというべきである。

そして、他に、Cが断定的判断を提供して右推奨をしたことを認めるに足りる証拠はない。

3  かえって、既に認定したように、Cは、日立ソフトウエアの株価が下落する可能性もあることを示しながら、その推奨を行っているのであるから、Cが断定的判断を提供したものとは到底いうことができず、原告のこの点に関する請求も理由がない。

四  争点3(合理的根拠のない勧誘の有無)について

1  Cが、原告に対して日立ソフトウエア株式を推奨する際に、日立ソフトウエアの業績を記載した新聞記事や直近の新規上場株式の価格変動を調査した被告の内部資料に基づいて、新規上場株式が値上りする例が多かったことを根拠にしたことは、既に認定したとおりである。

2  ところで、一般に、証券会社と顧客との間の取引委託契約における証券会社の義務は、顧客の委託による証券取引を誠実に執行することであって、証券会社によって行われている投資勧誘や銘柄の推奨は、これに関連してなされるもので、それ自体としては無償のサービス業務に過ぎないから、通常は、投資勧誘や銘柄の推奨に関して債務不履行責任を生ずることはないというべきであり、顧客が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるような虚偽の情報、誤解を与えるような情報などに基づいて、投資勧誘や銘柄の推奨をしたり、投資勧誘の方法や対応が顧客の投資目的・財産状態・投資経験等に照らして著しく不適合であったりするような場合に限って、証券取引の執行に付随して証券会社が負う善管注意義務違反の責任を負うものというべきであって、このことは不法行為の成否に関しても妥当するものというべきである。換言すれば、証券取引は、その価格が政治、経済情勢等に伴って変動するという、それ自体危険を伴う取引であって、証券業者が顧客に対して提供する情報等は、どのような根拠に基づこうとも不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情であるから、顧客としては、取引を行う以上、顧客自身において、自ら収集した情報や提供された情報等を参考にして、当該取引の特質や、危険性の有無、当該危険に耐え得る財産的基礎の有無等を判断し、自らの責任において行うのが原則であるというべきであって、証券会社の行う投資勧誘や銘柄の推奨は、右のような顧客の判断を誤らせるような事情がない限り、違法となる余地はないものといわざるを得ない。

そうすると、一般的には証券会社の行う投資勧誘や銘柄の推奨が独自の合理的な調査に基づく合理的な根拠によって行われることが望ましいとしても、それが独自の調査を欠くものであったりしたからといって、右に説示した違法となる例外的な場合に該当しない限り、これをもって、証券会社が責任を負ういわれはないものというべきである。

3  そして、右1のCの推奨が、虚偽の情報や誤解を与えるような情報などに基づいて行われたものであることなど、右に説示した違法となる例外的な場合に該当することを認めるに足りる証拠はないから、原告のこの点に関する主張は理由がない。

五  争点4(過当売買の有無)について

1  既に認定したとおり、原告は、既に被告において証券取引をしていた知人と同様に、証券取引において比較的短期に売買益を上げようとして、これを開始したものであり、その取引は、最初の取引である電気化学工業の株式を、買付の翌日に差引損益で約四七〇万円の利益を上げて売付け、同日、その売却代金でセントラル硝子の株式を買付けて、その翌日にはこれを売付けて再び電気化学工業の株式を買付けようとするような取引方法を採るものであり、また、Eを担当者とする取引とは無関係に、被告の貯蓄相談部においても、例えば、昭和六二年八月二五日にソニーの転換社債(CB)を買付け翌二六日に差引損益で四七万円余の利益を上げて売却し、同月二八日には三井造船の現物株式を買付け同日のうちに差引損益で約六〇万円の利益を上げて売却するなど、短期間のうちに売買して利益を上げているものであって、さらに、例えば、日新製鋼株式について、昭和六三年二月一〇日に現物を買付け同月一二日に差引損益で約三五万円の利益を上げてこれを売却し、同月一八日に信用取引で買付け翌一九日に差引損益で約六七万円の利益を上げてこれを売却し、同月二三日及び同月二七日に信用取引で買付け同年三月一日に差引損益で約一三六万円の利益を上げてこれを売却し、さらに同月八日に現物を買付け同月一一日に差引損益で三九〇万円弱の利益を上げてこれを売却するなど、原告の被告における取引には、同一銘柄の証券を短期間に繰返し売買している例が相当にあるほか、一般に、証券の保有期間が一か月以内という短期間の取引も相当にあり、このような取引の中には、相場変動では利益となりながら差引損益では損失となっている例も少なくはないものである。

そして、原告本人の供述等の中には、原告は、被告の担当者であるEやBの推奨するままに取引をしていたのであって、原告自身の判断で取引をしたのは日本コロンビアの株式だけであるとする部分、原告は、右のような短期間の取引をしたり、同一証券の取引を短期間に繰返したりすることはしないし、そのような頻繁な取引をする必要もないとする部分がある。

右の原告本人の供述等のとおりだとすると、原告の被告における取引は、被告の担当者の意向が原告の意向に優先して、相当頻繁に行われたもので、過当ではないかとの疑問を生じ得るものではある。

2  しかしながら、既に認定したとおり、原告は、被告の担当者であるEやBらの推奨に基づいて取引をすることが多かったが、その場合にも当該証券の値動きの見込について説明を求め、その上で投資するか否かを判断しており、EやBらの推奨に従うことなく取引を見送ることも少なくなく、EやBらの推奨とは関係なく、自らの判断で銘柄を選定して取引することも多かったものであって、被告の担当者の意向が原告の意向に優先していたものとは必ずしもいうことができない。この点についての原告本人の供述等の右部分については、既に認定したとおり、原告は、Eを担当者とする取引とは無関係に、被告の貯蓄相談部において、独自に取引をしており、これは、客観的に明らかであるといわなければならないから、原告が独自の判断で取引をしたことはないとするのは到底信用できず、また、原告は、既に認定したとおり、被告の担当者の推奨した取引の結果が思わしくない場合には、これに強い不満を持ち、苦情を述べる顧客であったから、相場変動では利益となりながら差引損益では損失となっているような、結局、被告の手数料収入だけが確保されるような取引があった場合に、これが自らの判断によるものではないのに何ら不満を述べないということは考え難いといわざるを得ないのであって、反対趣旨の証人B、同C、同Eの証言にも照らし、原告本人の供述等の右部分は採用できないというほかない。

そして、原告は、確かに右1のように、証券の保有期間が極めて短期間となっている取引をしたり、同一証券を短期間に繰返して頻繁に取り引きしたりしているが、これはまさに、比較的短期に売買益を上げようとする原告の投資の意向に合致する取引経過であるといわなければならない。

3  ところで、一般に、証券会社が、顧客の能力や資金の性格等を無視した過当な取引を勧誘してはならないことは、大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号)においても定められているものであるが、これが単なる公法上の取締法規ないしは営業準側としての性質を超えて私法上も一定の効力をもたらすものとしても、顧客自身の意思と責任において投資判断がなされている場合には、仮に、取引が極めて頻繁であり、結果として原告の主張するコロガシ、フヌケ、証券業者の自己利益優先の取引などと見られるような外形の取引があっても、その結果について、顧客自身が責任を負うべきことは、既に説示したところから明らかであるというべきであり、それによって、証券会社に責任を生ずることはないものというべきである。

4  そうすると、右に認定し説示したとおり、原告は、被告の担当者から推奨された場合においても、最終的には自己の投資判断によって取引をしているものといわざるを得ないから、原告が右のとおり相当に頻繁な取引を行っていることをもってしても、被告が責任を負ういわれはないものといわざるを得ず、他に、被告が過当売買の規制に反する行為を行ったことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の請求にも理由がない。

六  争点5(適合性の原則違反の有無)について

1  既に認定したように、原告は、被告との取引を始めた当時既に七〇歳であり、これといった学歴もなく、文字を読むことは出来ても書くことは出来ない状況にあり、原告本人の供述等の中には、被告との取引を始めるに際して、五〇〇万円ないし一〇〇〇万円の資金で小遣い稼ぎができる程度の取引をする意向であったが、EやBらの被告の担当者に勧められるまま、次々と取引を拡大させられ、結果的に多額の投資をさせられるに至ったとする部分がある。

2  しかしながら、既に認定したとおり、原告は、被告との取引の開始当初から約七〇〇〇万円もの投資をしており、これとは別に被告の貯蓄相談部においても当初から約五二〇〇万円もの投資をしているのであって、知人からEを紹介された前記認定の経緯にも照らすと、原告が一〇〇〇万円程度の資金で小遣い稼ぎをしようとしたのに被告の担当者に勧められるまま多額の投資をさせられるに至ったとする原告本人の供述等の右部分は到底採用できないといわなければならない。

また、既に認定したところによれば、原告は、長く飲食店や麻雀店を経営して来ていて、経済取引に習熟していないということはできず、一定の不動産も所有しているほか、現在では不動産を賃貸して生計を立てているものであって、文字を書くことが出来ない点についても、原告の娘らの手助けや助言を得ていたものであるし、原告の投資に対する意向は、当初から多額の資金を運用して、比較的短期間に売買益を上げようとする相当に投機的なものであって、前記認定の原告の取引経過は、右意向に沿うものというべきである。

3  そうすると、証券会社の担当者が、顧客に対して投資勧誘を行うに際しては、顧客の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すべき義務があるというべきであっても、右に認定したところによれば、原告の投資に対する意向、資力などに照らし、被告の担当者であるEやBが、信用取引やワラント取引を含め、原告に対して行った勧誘について、右義務に反するところがあるということはできないといわざるを得ない。

4  そして、他に、被告の担当者らが右義務に違反したことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の請求にも理由がない。

七  争点6(説明義務違反の有無)について

1  既に認定したとおり、原告が初めてワラントを購入した際に、Eは、ワラントが新株引受権証券であること、権利行使価格が決められていて期限に株価が右価格を下回る場合には無価値となること、ワラント取引にはこのような危険性はあるが、株価の変動に比して二倍三倍で儲かるハイリスク・ハイリターンの商品であること、ドル建ての取引となるので為替変動が関係することを説明し、原告に推奨した三井油化ワラントを例に、株価の変動に対応してワラントの理論価格がどのように変動するかを説明したものの、ワラントが新株引受権証券であることについては、単に権利の売買であるという程度の説明をするに止まり、それ以上に詳しい説明はしておらず、したがってまた、権利行使の方法等、権利行使に関する説明は一切していなかったものである。また、Bも、Eの右説明以上の説明はしておらず、むしろ、個別的なワラントの銘柄を推奨する際には、株価が上昇した際にワラントであれば株価より大きな利益を上げることができる旨の、その有利性に重点を置いた説明をしていたものである。

他方、原告は、最初に買付けた三井油化ワラントのうち半数を売却した後にワラント取引に関する確認書を作成して被告に送付しているが、ワラント取引においても、専らその銘柄の株価の変動に関心を寄せており、株価とワラント価格との関係や権利行使価格との関係などには関心を寄せていなかったことも既に認定したとおりである。

2  ところで、証券取引が投資家の自己責任で行われるべきであるということは既に説示したとおりであり、ワラント取引においても、この理に異なるところはないというべきであるが、そうだからといって、証券会社の行う投資勧誘や銘柄の推奨がいかなるものであってもよいことを意味するものではなく、既に説示したように、顧客が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるような虚偽の情報、誤解を与えるような情報などに基づいて、投資勧誘や銘柄の推奨をしたり、投資勧誘の方法や対応が顧客の投資目的・財産状態・投資経験等に照らして著しく不適合であったりするような場合には、当該取引の特質や、危険性の有無、当該危険に耐え得る財産的基礎の有無等について、顧客が自らの責任において行う判断を誤らせることになり、証券取引の執行に付随して証券会社が負う善管注意義務違反の責任を負うことがあり得、このことは不法行為の成否に関しても妥当するものというべきである。したがって、証券会社は、商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い証券取引を一般投資家に勧誘する場合には、当該商品の周知度が高い場合や勧誘を受ける顧客が当該取引に精通している場合を除き、顧客の右のような投資判断を誤らせることのないように、信義則上、顧客の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該証券の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うものというべきであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、顧客の職業、年齢、財産状態、投資経験その他の当該取引がされた具体的状況の如何によっては、右のような説明義務違反が、私法上も違法と評価され、このような違法な投資勧誘に応じたことによって生じた顧客の損害について、証券会社が債務不履行又は不法行為に基づく賠償義務を負うこともあり得るものと解するのが相当である。

そして、ワラントは新株引受権ないし新株引受権証券のことであるが、これには権利行使期限があり、その発行会社の株価の動向によっては、ワラントに基づく権利行使をする利益がないまま右期間を経過し、当該ワラントが完全に無価値なものとなるほか、株価の変動率と比較してその何倍もの価格変動が生じるハイリスク・ハイリターンというべき特質を有する証券であるから、ワラントの商品構造は複雑で危険性が高いものといわなければならず、また、ワラントが、昭和五六年の商法改正によりその発行が認められるようになったもので、当初は証券業界において国内での取引が自主規制されており、昭和六一年ころから国内での取引が解禁されたものであることは当裁判所に顕著であり、昭和六二年当時は、周知度の低い金融商品であったというべきである。

そうすると、ワラントは、右のように周知度が低く、しかも株式の現物取引とは異なった危険性を有するものであるから、投資家は、ワラント取引についての意思決定をするに当たり、少なくとも、ワラント価格が同銘柄の株価の変動率と比較して数倍の変動が生じるというハイリスク・ハイリターン性を有すること及び権利行使期間が定められていてこれを経過するとワラントは無価値なものになることについて認識することが不可欠であるというべきであって、証券会社又はその使用人は、右事項につき、それ以前に顧客が行ってきた証券取引との差異を踏まえ、ワラントの投資効率の有利性等を強調することに偏ることなく、しかも、顧客の年齢、知識、理解力等に応じて顧客が十分理解できるように説明をするべき義務を負うものというべきである。

3  右1によれば、Eは、原告にワラント取引を勧誘する際、その概括的な説明をしたに過ぎないものというべきであり、ワラントが新株引受権証券であることやその権利行使についての説明は全く不十分であるといわなければならず、また、Bもワラントの有利性を強調した偏った説明をしたものといわざるを得ない。

他方、原告は、右1によれば、ワラント取引に関する確認書を作成して被告に送付しているが、これは既にワラント取引を始めた後のことであり、また、既に認定したように、Eは、原告に対してワラントに関する説明を繰返して行い、その間、同席していた原告の娘が、原告に対して、Eの説明内容を噛み砕いて伝えていたものの、ワラントの商品構造が複雑であることに照らすと、果たして原告の娘の助言でワラントの商品特性を原告が理解し得たか疑問もあり、右のとおり、原告がワラント取引についても専らその銘柄の株価の変動に関心を寄せているに過ぎないことにも照らすと、原告はワラントについて株式と同様のものであるという程度の認識を持っていたに過ぎないものと推認できるところである。

4  以上によれば、被告の担当者であるEやBが原告に対して行ったワラントについての説明は、原告の年齢や証券投資に対する意向、資力等に照らしても、不十分であって、右に説示した説明義務に反するものであるといわざるを得ず、証券取引の執行に付随して証券会社が負う善管注意義務に反する債務不履行であり、不法行為を構成するものといわなければならないところである。

そして、他に、右認定を覆すに足りる証拠はない。

八  争点8(損害)について

1  別紙売買取引計算書に基づくと、原告のワラント取引における差引損益は、一二三四万二六九八円の損失である。

2  しかし、既に認定したところによれば、原告がワラント取引において差引損益で損失を発生させているのは、平成元年九月八日に買付けたエーザイワラントの取引のみであり、原告は、それまでにワラントを含む相当数の取引を継続していて、投資額に比較しての損益の変動幅がワラントに比しても決して小さくない信用取引をしていた期間も長く、その投資目的も多額の資金を運用して投機的に大きな売買益を求めようとするものであって、取引銘柄の株価変動についても常に注意を払っていたものであるから、原告にはワラントの商品特性について十分な理解がなかったものというべきではあるものの、右取引における利益と損失には一定の理解が及んでいたものと推認できるところであり、ワラント取引において原告の投資判断が果たした役割も相当のものがあるといわざるを得ず、原告のワラント取引に基づく損失をすべて被告の責に帰すのは、損害の公平な分担を図る上で相当ではないというべきである。

したがって、Eらの説明義務違反の程度、本件取引の経緯など諸般の事情を斟酌し、被告が賠償義務を負うべき原告の損害額は、右損失額から七割を減じた額であるとするのが相当である。

3  よって、被告が、その被用者であり履行補助者であるE及びBらの説明義務違反に基づき、原告に対して損害賠償すべき額は、三七〇万二八〇九円となる。

4  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過等に照らすと、原告に生じた弁護士費用相当の損害額は、四〇万円であると認めるのが相当である。

九  よって、原告の請求は、四一〇万二八〇九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年七月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝原信之)

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